学生にとって、仕事や社会での生活は未知の世界。それなのに、大学生のある時期がくれば、否が応でも何かの仕事、どこかの会社を“ 選ばなければならない”。そう思っている人も多いのではないでしょうか。 しかし、「就活」に漠然とした不安を持っているならば、“ ある時期” を持つ必要なんてありません。「就活」は、いつどこで始めたっていい。より良く働くための情報は、企業から発信されるものの中だけでなく、身の回りにさまざまな形でころがっているのだから。
11月のある日、翔は大学内のカフェテリアで1人、タブレット端末で漫画を読んでいた。授業も終わり、バイトまでの何もない時間。周りにはリクルートスーツを着た上級生をちらほら見掛けるが、翔はまだ大学2年生。就活なんてまだまだ先のことと深くは考えていない。考えなくていい。そう思っている。
自販機で買った紙コップのコーヒーをすすり、画面をフリックしてページをめくる翔。不意に肩をたたかれた。見上げると、サークルの先輩、3年生の紗希がいた。
紗希 何してんの?
翔 いや別に、漫画読んでただけですけど。暇なんで。
紗希 ふぅん。
翔 似合いますね?
紗希 何が?
翔 いや、リクルートスーツ…。
紗希 あぁ。
翔 就活中ですか?
紗希 うん。
翔 面接…?
紗希 じゃなくて説明会。なんか説明会ばっか行ってんだよね。あ、ここ座っていい?
翔 あぁ、全然。
紗希 超多いよ説明会。70社は行ったんじゃないかな。
翔 そんなに?
紗希 うん、まあ、分かってはいたことなんだけどさ、だいたいみんなもそんぐらい行ってるし、先輩とかもみんな行ってたし。
翔 そうなんですか…。疲れません?
紗希 そりゃ疲れたよ、元気なくない?
翔 えー、なんか楽しそうに見えますけど。
紗希 うそ?
疲れてると言った紗希の言葉は本音だろう。そして翔が楽しそうと言ったのも本当の気持ちだった。翔には紗希の疲れ方が前向きに見えたのだ。
紗希 っていうか、全然考えてないの?
翔 就職ですか? まあ考えてないこともないですけど…。普通の会社じゃなくて、NPOに就職とかもいいかなあとか。
紗希 NPO?
翔 いや、分かんないです。まだ2年だし。
紗希 へぇ、私は2年の頃から準備してたけどね。
翔 それ、早くないですか?
紗希 早くないよ。インターンも行ってたし。2年の頃から。
翔 どのへんですか?
紗希 PR会社とアパレル会社。あと企業が主催するパーティーとかも顔出してたし。
翔 うわ、働く気マンマンですね。
紗希 え、働きたくない?
翔 すぐには…。え、働きたいですか?
紗希 私は早く働きたいけどな。
翔 へぇ~。
紗希 え、何? 引いてる?
翔 引いてないですけど、周りでそこまでやる気ある人いなかったんで。
紗希 まぁそうかもね。
翔 じゃあわりと待ちに待った感じですか?
紗希 就活?うーん、待ちに待ったって言うと微妙だけど、でもそうかな…。ていうか説明会ばっかじゃなくて早く企業の人と話したり面接して先に進みたいんだよね。
翔 はぁ…。
紗希 何でよーいドンなんだろ?
翔 就活ですか?
紗希 そう、2年ぐらいから面接したり内定もらったりしても私的には全然オッケーだと思うんだけどね。なんなら入社しても全然いいし。だって高卒の子とかはもう働いてる年齢なわけだからさ。なんか日本の就活っておかしくない? みんな一緒とか。思わない? ねえ、思わない?
翔 まぁ…。
紗希 え、引いてる?
翔 いや引いてないですけど。
紗希 ウソ、引いてるでしょ。
翔はちょっと引いていた。いつもはわりとクールな紗希が妙に熱くなっているからだ。
だが同時に、紗希の言っていることも何となくわかる。誰かが決めた現在の日本の就活システムに、何も疑問を持たず自分も来年になったら就職活動を始めようと思っていたのだから。
湯川 あれ、説明会の帰りかなんか?
紗希 あー、湯川さん。
翔の知らない40歳ぐらいの湯川という男性が、紗希に声を掛けてきた。
紗希 就職コンサルタントの湯川さん。
翔 あ、どうも…。
湯川 初めまして、湯川です。お友達?
翔 いえ、後輩です。紗希さんの。
紗希 前に説明会でお会いして、それからメールとかで時々相談に乗ってもらってるの。
翔 へぇ。
紗希 どうしたんですか? 今日。
湯川 ああ、就職課で打ち合わせがあってね。
紗希 うちのですか?
湯川 もちろん。
湯川は自販機でコーヒーを買い、2人に持って来てくれた。翔のコーヒーは二つになってしまったが、フレンドリーな湯川に翔は好印象を持った。
湯川 それでどう? その後は。
紗希 ちょっと…迷いが出てきた感じですね。
湯川 え? 早く働きたいって頑張ってたじゃない。
紗希 それは変わらないんですけど、本当はどういうところで働きたいのかなっていうのが…。
湯川 それは規模の話?
紗希 ええ、わりと大手の説明会中心に行ってたんですけど、中小の方が仕事しやすいのかなって…。
翔 あれ、紗希さん、デカいところ志望なんですか?
紗希 必ずしもってわけじゃないんだけど大きいとこにどうしても目が行くよね。
翔 へぇ。
湯川 でもそうだよねぇ、ほとんどの学生が大企業から先に考えるからね。会社の人気ランキングとか見てもそうだけど。
紗希 私の周りも大企業しか受けないって子か、取りあえず受けてダメだったら、その後で考えるって子がほとんどです。
湯川 だよね。もちろんそれもいいんだけど、僕なんかからするともったいないなって思っちゃうけどね。
紗希 もったいない?
湯川 だって実際、大企業の数って日本の企業全体のどれぐらいかっていうと、たったの0・3%くらいなんだよ。
翔 0・3%!?
湯川 働いてる人の数も全体の約3割だしね。
翔 そうなんですか…。
湯川 大企業にしか「答え」がないってはずはないんだよね。だから中小企業にも視野を広げると、就活もまた変わってくると思うんだけど。
紗希 それでもったいないと…。
湯川 そういうこと。就活の成功、イコール大企業への就職みたいな風潮があるけど、それってどうなのかなって、こういう仕事やってても思うし。
翔 じゃあ紗希さんが中小もいいかなって思い始めたのはいいことじゃないですか?
紗希 え? ああ、でも安定感とか、正直お金の面も大企業とは違うし、キャリアのこととか考えると最初は大企業の方がいいかな、なんて思うし…。
翔 リアルですね…。
紗希 え、また引いてる?
翔 そんなことないですけど。
湯川 でもそれは正直な意見だよね。悪くないと思うよ、全然。
紗希 ですよね? だからちょっと迷ってて…。
湯川 そうか…。じゃあもう少し混乱させてみようかな。
紗希 えっ?
湯川は立ち上がった。紗希はキョトンとしながらも釣られて立ち上がる。そして翔も、つい立ち上がってしまった。暇だったのだ・・・>>続きは書籍で!
『ある就活』
著者 神保紀秀 + 採用学プロジェクト
発行 ダイヤモンド社
会社選びは一時。仕事探しは一生。会社選びに破れても、充実した仕事にはたどり着ける。就活生の紗希と翔が、働く人や企業への取材を通して得た仕事観とは。
就活生・紗希とその後輩・翔が、実際に働いている人の成功や失敗、海外の学生の仕事に対する意識、人事担当者が学生に求めることなどを取材する。
これから就活を始める学生、希望通りの会社に入れなかった学生に向けて、充実した仕事にたどり着けるさまざまなアプローチを示すストーリー。